公開から半年以上も経過した映画『市子』の人気が絶えないのはなぜなのか? その理由、実は私たちの中にあった【小林久乃】
◾️「花は水をあげないと、枯れるから好き」
目を見張ったのはパンニング(カメラの位置を変えないまま、左右の場面を映すこと)の激しさだ。セリフの応酬には、市子の魂の叫びが篭っている。私が観てきた邦画作品では一番長く、そして激しかったように思う。このシーンへ対するかのように、杉咲花による約6分間の、全くセリフがないシーンもある。一つの作品に表れた、激情と沈黙の応酬。注目してほしいシーンだ。そして映画には他にも市子の寂しさと狂気が、濁流のように流れてくる。
「ただ普通に生きたいだけ」
彼女が放った一言には、私たちが知る由もない願いがある。どんなに大人になっても見つかることのない自分の在処と、常に隣り合わせの壮絶と地獄。
「花は水をあげないと、枯れるから好き」
映画のセリフとして聞いているだけなら流してしまうけれど、この一言には彼女がここまで経験してきた、凄惨な事実が込められている気がした。他にも胸打たれたシーンやセリフはいくつも流れてきたけれど、これ以上は盛大なネタバレに繋がって、皆様の楽しみを奪ってしまうので、本編についてはここまでにしておこう。